毒と言えば『ヒ素』というイメージを持っている人は多いのではないでしょうか。実際、ヒ素はアッシリア、中国、ローマなどの古代文明の時代から知られていたようです。中世ヨーロッパでは暗殺に多用されました。
ヒ素の毒性は良く知られていますが、以外にも自然界に広く存在し、発光ダイオードの半導体材料などに利用されています。また、あえてその毒性を応用して、木材の防腐剤やシロアリ防虫剤、殺鼠剤などに利用されてきました。
ここではヒ素の用途や毒性、そして最終的に廃棄物に含まれるヒ素はどう処理するのかを説明したいと思います。
ひじきとヒ素の関係についても説明します。
愚者の毒
最もポピュラーなヒ素化合物と言えば三酸化二ヒ素(As2O3)です。これを水に溶かすと亜ヒ酸(H3AsO3)が得られます。(※三酸化二ヒ素(As2O3)を俗に亜ヒ酸と呼ぶことが多い。)
毒として使われるヒ素といえば、ほぼこの亜ヒ酸と考えて良いと思います。
中世以降ヨーロッパではヒ素はよく毒殺に使われました。無味無臭なので飲食物に混入していても気づかれにくいためです。
19世紀のヨーロッパではヒ素はどこでも手に入れられるものとなり、殺鼠剤や壁紙、化粧水にもヒ素が使われていました。そのため1800年代には毒殺事件はピークを迎えていました。
当然それに対抗する方法も同時に生まれ、イギリスの化学者ジェームズ・マーシュによってヒ素の検出法が確立されました。マーシュ・テストと呼ばれたこの検出方法はヒ素による毒殺を簡単に暴く優れた分析方法でした。
これ以降、ヒ素を毒殺に用いても簡単に足がついてしまうため、ヒ素は愚か者が使うもの、いわゆる『愚者の毒』と呼ばれるようになりました。
ヒ素の毒性
ヒ素による中毒症状には慢性中毒と急性中毒があります。
慢性中毒
- 疲労、倦怠感、めまい、息切れ、動機、吐き気、下痢、食欲不振、まぶたの腫れ など。
- 症状が進行すると、神経炎、結膜炎、貧血、肝臓の出血、壊死、脳損傷 皮膚がん など。
急性毒性
- 嘔吐、下痢、足のしびれ、胃痛、痙攣、のどの渇き、排尿抑制、虚脱、昏睡、死 など。
ヒ素は地殻中に1.8ppm程度存在すると言われています。ヒ素を含む鉱石として鶏冠石(As4S4)、石黄(As2S3)などがあり、硫砒鉄鉱(FeAsS)や硫砒銅鉱(Cu3AsS4)など鉄、非鉄金属鉱石中に含まれているヒ素化合物も存在します。
ヒ素を多く含む地殻を持つ地域ではヒ素による汚染が発生します。
インド西ベンガル地方及びバングラデシュでは地下水に含まれるヒ素による汚染が大きな問題となっています。
以前はガンジス川の水を灌漑用水として使っていましたが、乾季と雨季がはっきりしていて、乾季には川の水を農耕地に灌水することが出来ませんでした。
この辺りは世界有数の人口密度を有する地域でもあり、農作物の収穫量を上げるため地下水汲み上げによる灌漑を両国は進めてきました。その結果、地殻に含まれているヒ素による汚染が発生しました。
今でも深刻な問題となっています。
ヒ素の用途
ヒ素は、身近なものにも結構使われているようです。
その毒性ゆえに最近では使われなくなったものから、特性上現在でも引き続き使われているものもあります。
- 殺鼠剤、殺虫剤
- 農薬
- 木材防腐剤(CCA加工木材)
- 顔料(シューレグリーン)
- ガラスの消泡剤(液晶テレビなど)
- 鉛電極(自動車の鉛バッテリーなど)
- 半導体材料(砒化ガリウム)
- 試薬(ソモギネルソン法のネルソン試薬、カコジル酸ナトリウムなど)
日本では現在、殺虫剤や農薬、防腐剤の用途での使用はほとんどないと思われますが、外国での使用状況は不明です。
国内においてヒ素の詳細な消費量の統計資料を見つけることが出来ないので、実際にヒ素が何にどれだけ使われているかは良くわかりません。半導体材料としての利用が最も多いのではないかと推察されます。
輸入量や販売量のデータは見つけることが出来るので、使われていることは間違いありません。
ヒ素廃棄物の処理
ヒ素廃液の処理
ヒ素は水溶液中では主に、亜ヒ酸イオンやヒ酸イオンのような状態で存在していることが多いとされています。
- 亜ヒ酸イオン AsO33-
- ヒ酸イオン AsO43-
一般の重金属のように単純にpHの調整をしても不溶性水酸化物は生成しません。一般的に塩化第二鉄や硫酸第二鉄などの第二鉄塩を用いた鉄共沈法という方法が用いられます。
亜ヒ酸イオンやヒ酸イオンは鉄イオンと結合すると、亜ヒ酸鉄やヒ酸鉄のような難溶性化合物になり水に溶けにくくなります。ちなみに亜ヒ酸鉄よりヒ酸鉄の方が水に溶けにくいので、廃液に酸化剤を加えて亜ヒ酸イオンをヒ酸イオンにあらかじめ酸化させておく、という操作をする場合もあります。
ただし、ヒ酸鉄や亜ヒ酸鉄などの難溶性塩はそれだけでは完全に凝集せずにコロイド状となり残留してしまうケースがほとんどです。そのため共沈という方法を用いることが多いです。
第二鉄塩を過剰に加えることで水酸化鉄を同時に生成させ、その共沈作用を利用します。なお、ヒ酸イオンを完全に沈殿させるためには第二鉄イオンを化学反応における理論量の1.5倍使う必要があると言われています。また亜ヒ酸イオンにおいては理論量の5倍の鉄イオンが必要とされています。
鉄以外の重金属イオンでも共沈は可能ですが、使い勝手の良さから鉄が使われることが多いと思います。
ヒ素化合物の中で鉄化合物よりも溶解度が低い(水に溶けにくい)ものにヒ酸バリウムがあります。ただしバリウム塩自体が毒物劇物取締法でいうところの劇物なのでバリウム塩をヒ素廃液の処理に使うのはできれば避けたいところです。
廃液以外のヒ素含有廃棄物
廃液以外の汚泥や燃え殻などに含有するヒ素の処理はどう処理されているのでしょうか?
特殊な例では、遮断型埋立という完全に隔離された埋立て地に埋立てされているケースもあるようですが、ほとんどが大型焼却炉で他の廃棄物と一緒に焼却されていると思われます。
もともとヒ素含有廃棄物は処理物全体に比べて少量なので、希釈効果で規制値以下になります。
実態は良く分かりませんが、ヒ素を原料として大量に使用している製造メーカーなどでは、製造過程で排出されたヒ素含有廃棄物を独自に処理、再利用している可能性は十分考えられます。
ひじきとヒ素
ひじきにヒ素が含まれているという話をご存じでしょうか。
ひじきは食べてはダメなのでしょうか???
2004年7月、イギリスの英国食品規格庁(FSA)は国民に対して、ひじきにはヒ素が高濃度で含まれているので食べないようにという勧告を出しました。
ひじきを含む、ロンドンで売られている31検体の海藻類について、総ヒ素と無機ヒ素の濃度を測定しました。
ヒ素濃度 | |||||||
乾燥 | 水戻し | 戻し水 | |||||
総ヒ素 (㎎/kg) | 無機ヒ素 (㎎/kg) | 総ヒ素 (㎎/kg湿重量) | 無機ヒ素(㎎/kg湿重量) | 総ヒ素 (㎎/kg) | 無機ヒ素 (㎎/kg) | ||
ひじき平均値(n=9) | 110 | 77 | 16 | 11 | 5 | 3 | |
あらめ平均値(n=3) | 30 | <0.3 | 3 | <0.3 | 1 | <0.01 | |
わかめ平均値(n=5) | 35 | <0.3 | 4 | <0.3 | 0.4 | <0.01 | |
こんぶ平均値(n=7) | 50 | <0.3 | 3 | <0.3 | 0.3 | <0.01 | |
のり平均値(n=7) | 24 | <0.3 | ※のりは水戻ししない |
これに対し、日本の厚生労働省は以下のように見解を示しました。
平成14年度の国民栄養調査によれば、日本人の一日あたりの海藻摂取量は、14.6gですが、これは、海苔や昆布といった他の海藻類を含んだ量です。海藻類の国内生産量、輸入量及び輸出量から、海藻類のうちのヒジキの占める割合を試算したところ、6.1%であり、摂取量の割合もこれと大きな差はないと推定すれば、ヒジキの一日あたりの摂取量は約0.9gとなります。
一方、WHOが1988年に定めた無機ヒ素のPTWI(暫定的耐容週間摂取量)は15μg/kg体重/週であり、体重50kgの人の場合、107μg/人/日(750μg/人/週)に相当します。FSAが調査した乾燥品を水戻ししたヒジキ中の無機ヒ素濃度は最大で22.7mg/kgでしたが、仮にこのヒジキを摂食するとしても、毎日4.7g(一週間当たり33g)以上を継続的に摂取しない限り、ヒ素のPTWIを超えることはありません。
海藻中に含まれるヒ素によるヒ素中毒の健康被害が起きたとの報告はありません。
また、ヒジキは食物繊維を豊富に含み、必須ミネラルも含んでいます。
以上から、ヒジキを極端に多く摂取するのではなく、バランスのよい食生活を心がければ健康上のリスクが高まることはないと思われます。
引用元:厚生労働省[ヒジキ中のヒ素に関するQ&A]https://www.mhlw.go.jp/topics/2004/07/tp0730-1.html
要約すると、
体重50kgの人なら毎日4.7g以上ひじきを食べなければ問題なし。
(※体重50kg以上の人はもっと食べても大丈夫。)
でも、ひじきの重さっていまいちイメージしにくかったので、実際量ってみました。
厚生労働省は英国が分析したひじきの中で無機ヒ素濃度が最も高かったサンプル(水戻しひじき:22.7㎎/kg)を例に計算していますが、いつもいつも最高濃度のヒ素が含まれているというのは考えにくいので、今回は平均ヒ素濃度(水戻しひじき:11㎎/kg)をもとに計算しました。
体重50kgの人を想定して、無機ヒ素濃度の許容量を算出。(※有害性が高い無機ヒ素のみの値とした。)
乾燥ひじきの許容量 = 約1.4g
水戻しひじきの許容量 = 約9.7g
という計算結果になりました。
近くのスーパーで買ってきた乾燥芽ひじき。
乾燥ひじきの1.4gはこれくらい。
※画像暗くてスミマセン。
水戻し中。
水戻し後のひじき。
水戻しひじき許容量の9.7g
※ボリューム感が分かりにくかったのでとなりに食卓塩置いてみました。
9.7gは想像してたより結構少なかったです。
水戻しひじきだけを食べる人はいないと思うので、ひじきの煮物にしてみました。
他の具が入るとだいたいこれくらいの量になると思います。
小鉢一皿くらいでしょうか。
以上の結果から、毎日小鉢一皿程度食べる分には問題ないと思います。
毎日主食代わりにひじきをバクバクだべる人は気を付けた方が良いかも知れません。
そんな人には会ったことありませんが・・・
そもそも、日常的に海藻を食べる習慣のない英国なので、こういう勧告を出しても何ら影響は無いのでしょう。
でも、日本人にとっては気になるところです。
少なくとも若い世代よりはひじきを多く食べてきたと思われるおじいちゃん、おばあちゃん世代が世界最長寿国となっている日本において、ひじきを食べることが健康に影響があるとは到底思えません。
ひじきはビタミン、ミネラル、食物繊維など栄養素も多く含んでいます。
私はこれからも気にせずひじきを食べます。
どうしても心配な人は、多めの水で30分以上浸漬して良く絞ってから調理しましょう。
そうすることによりヒ素が50%以上減少するという実証試験を江東区保健所が行っています。
(リンク先:東京都福祉保健局)
https://www.fukushihoken.metro.tokyo.lg.jp/shokuhin/anzen_info/hijiki.html#:~:text=%E4%B9%BE%E7%87%A5%E3%81%B2%E3%81%98%E3%81%8D%E3%81%AB%E5%90%AB%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%82%8B%E3%83%92%E7%B4%A0%E9%87%8F&text=%E3%81%B2%E3%81%98%E3%81%8D%E3%81%AB%E3%81%AF1%E3%82%AD%E3%83%AD%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%A0,%E5%A4%9A%E3%81%8F%E5%90%AB%E3%81%BE%E3%82%8C%E3%81%A6%E3%81%84%E3%81%BE%E3%81%99%E3%80%82
まとめ
ヒ素は、私たちの身近な自然界にも多く存在し、太古の昔より人類はその性質を良くも悪くも利用してきました。
以前にくらべると利用される頻度は減ってきていますが、半導体材料をはじめ、身近な場所で使われているようです。また世界的にみると、もともと自然界に存在しているヒ素が地下水へ浸出して飲み水に影響が出るなど、ヒ素は有益性と有害性の両面を持つ興味深い元素であると言えるでしょう。
ヒ素のリサイクルというのは一部の特殊な場合を除き、基本的には行われていないのが現状だと思われます。また処理に関して言えば、どちらかと言うと処理のしにくい元素でもあります。
自然界にも普通に存在している元素なので、これからも上手に付き合っていきたいですね。
最後に、誰が何を言おうとひじきは美味しいので、ひじき生産者の方々に感謝してこれからも有り難くいただきましょう。
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