温泉の匂いは硫黄の匂いではなかった⁈ 硫化水素の危険性

温泉の匂いは?

と聞かれると『硫黄の匂い』と答える人は多いのではないでしょうか?

みなさんは硫黄の匂いを嗅いだことはありますか?


いわゆる温泉の匂い、あれ実は硫黄の匂いではありません。

あの匂いの正体は『硫化水素』という物質の匂いなのです。

硫化水素は一歩間違うと命を落とす非常に危険な気体です。

ここでは硫化水素の性質とその危険性を見て行きましょう。

また、伝統工芸など意外な活用例もご紹介します。

目次

温泉の臭いとは?

硫黄は無臭

温泉に行ったときに『卵の腐った臭い』と呼ばれている匂いを嗅いだことがある人は多いと思います。

「この硫黄の匂い!温泉に来たって感じがする!」ってテンション上がりますよね。

でもあの匂いは硫黄の匂いではありません。

そもそも硫黄は無臭なのです。

硫黄とは
 元素記号 S
 原子番号 16
 原子量  32.065
 淡黄色固体で水に不溶
 無臭
 多様な同素体を持つ

硫黄
硫黄

火山国の日本では、火山付近に天然の硫黄が多数存在しているため古くから硫黄の生産が盛んでした。

現在は、原油を精製する際の脱硫という工程で硫黄が製造されるため天然硫黄の採掘は行われていません。

硫黄の用途
 ・ゴムの加硫剤(ゴムの伸び縮みに硫黄は必要不可欠)
 ・農薬
 ・NAS電池(ナトリウム硫黄電池)
 ・花火
 ・マッチ

など、様々な産業分野で利用されており、古典的な火薬、黒色火薬の原料でもあります。

匂いの正体は硫化水素

温泉の匂いの正体は硫化水素です。

硫化水素とは、硫黄と水素が結合した化合物で、分子式[H2S]の無色の気体です。

この硫化水素[H2S]がいわゆる卵の腐った匂いの正体です。

硫黄と紛らわしいですが、黄色い固体の硫黄とは別の物質です。

中学の理科の授業で硫化水素の発生実験をした人もいるのではないでしょうか。

本当に卵の腐った匂いなのか?

温泉地の匂いは硫化水素の匂いということが分かりました。
この匂いのことを『腐卵臭』と表現します。いわゆる『卵の腐った臭い』です。

しかしここで一つ疑問が生じます。

はたしてどれだけの人が腐った卵の匂いを嗅いだことがあるでしょうか?

腐った卵は本当に硫化水素の匂いがするのでしょうか?

卵白のタンパク質はシスチンやメチオニンといった硫黄を含むアミノ酸を含んでおり、これが熱で分解して硫化水素が発生します。

なので、確かに加熱した卵白からはかすかに硫化水素の匂いがします。

では腐ったときはどうでしょうか?

卵の成分は主にタンパク質なので、炭素や窒素を多く含んでいます。

そのため腐敗すると魚や肉が腐ったときと同じような(アミン臭など)がするような気がします。

その際、果たして硫化水素が発生するのか?

後述しますが、嫌気性条件(酸素が少ない条件)で腐敗が進めば硫化水素は発生すると思います。

でもどちらかというとやはり魚や肉が腐ったときの臭いの方が強いのではないかと想像してしまいます。

勇気のある人はぜひ確かめてみて下さい。

硫黄と硫化水素の違い

硫黄と硫化水素は同じ硫黄原子(S)を持っていますが以下のように別の物質です。

硫黄硫化水素
分子式(主に)S8H2S
性状黄色固体無色液体
臭い無臭腐卵臭
水溶性水に溶けない水に溶ける

硫化水素とは

硫化水素の性質

分子式H2S
分子量34.08
性状無色気体
臭い腐卵臭
比重1.19(空気より重い)
融点-85℃
沸点-60℃
発火点260℃
安定性加熱すると激しく燃焼または爆発する。燃焼すると硫黄酸化物(SOX)を生じる。
反応性多くの金属と反応し硫化物を生成する。
硫化水素の性質

硫化水素の危険性

硫化水素は可燃性、爆発性などの危険性がありますが、さらに危険なのはその毒性です。

ガスを吸ったときの毒性は以下の通りです。

濃度ppm作用
0.0081      鋭敏な人は特有の臭気を感知できる(嗅覚の限界)
0.3誰でも臭気を感知できる
3~5不快に感じる中程度の強さの臭気
10眼の粘膜の刺激下限界
20~30耐えられるが臭気の慣れ(嗅覚疲労)で、それ以上の濃度に、その強さを感じなくなる 肺を刺激する最低限界
50~結膜炎(ガス眼)、眼のかゆみ、痛み、砂が眼に入った感じ、まぶしい、充血と腫脹、角膜の混濁、角膜破壊と剥離、視野のゆがみとかすみ、光による痛みの増強
100~3002~15分で嗅覚神経麻痺で、かえって不快臭気は減少したと感じるようになる 8~48時間連続ばく露で気管支炎、肺炎、肺水腫による窒息死
170~300気道粘膜の灼熱的な痛み 1時間以内のばく露ならば、重篤症状に至らない限界
350~4001時間のばく露で生命の危機
60030分のばく露で生命の危機
700短時間過度の呼吸出現後直ちに呼吸麻痺
800~900意識喪失、呼吸停止、死亡
1000昏倒、呼吸停止、死亡
5000即死

硫化水素による事故、事件

2005年12月29日 秋田県泥湯温泉

雪に覆われた駐車場の窪地に母親と子供2人がはまり、窪地に溜まっていた硫化水素を吸って死亡した。助けに入った父親も死亡した。

2015年3月18日 秋田県乳頭温泉郷

源泉の調査をしていた市の職員ら3名が硫化水素ガスを吸ったことにより死亡した。

2020年5月26日 新潟県上信越自動車道

車で高速道路の舗装工事の巡回作業をしていた作業員男女2名が社内で硫化水素を吸い死亡した。社内に積んであったバッテリーを充電中、硫化水素ガスが発生したと思われる。

2008年5月28日 島根県松江市

松江市のビジネスホテル地下室から硫化水素が大量に発生して、近くにいた男女8人が手当てを受けた。

地下室に廃棄されていた石こうボードから硫化水素が発生した。

不法投棄を指示した元社長はその後逮捕された。

2020年5月23日 東京都江東区

テレビ番組にも出演していた女子プロレスラーKさんが自宅マンションにて硫化水素による自殺を図り死亡した。

硫化水素の発生源

上記の様に硫化水素による事故や事件がときどき起こっています。

温泉地

温泉地の窪地などには硫化水素ガスがたまっている可能性があるので不用意に窪地などには入らない様にしましょう。

硫化水素ガスは空気より重いので下に溜まりやすい性質があります。

バッテリー

古い鉛バッテリーを充電すると、通常は発生しない硫化水素ガスが発生することがあります。

バッテリー液が少ない状態で充電すると、硫酸イオンの硫黄が還元されて硫化水素ガスが発生するようです。

古い鉛バッテリーへの充電はおすすめしません。

石膏ボード

石膏ボードの主成分は硫酸カルシウム(Cu2SO4)です。これは水に濡れたり酸に触れただけでは硫化水素は発生しません。

石膏ボードから硫化水素を発生させているのは硫酸還元菌という細菌です。

この菌は酸素が少ない条件(嫌気性)で硫酸や硫酸塩などを分解し、硫化水素を発生させます。

なので解体現場などで出た石膏ボードを処理費がもったいないからといって適当に埋めてしまうと硫酸還元菌の作用で硫化水素が発生してしまうのです。

石膏ボードだけではなく、段ボールなど硫黄(S)が含まれている物質であれば同じく発生します。

市販の薬品類

硫化水素は身近に手に入るものを混ぜれば発生させることができます。

2007年ごろから一時期硫化水素自殺が話題になったことがありましたが、硫化水素を発生させるための材料の一つはその後販売中止になりました。

しかし、その代わりとなる品は今でも手に入れることが出来ます。

このように、硫化水素は毒性が強いですが、匂いを感じている状況ではそこまで危険性はありません。

温泉地の様な匂いを感じるのは、濃度が薄いときです。

本当に危険なのは、匂いが感じられなくなるときです。この場合かなり高濃度な状態で非常に危険です。

匂いを感じるうちに避難したり、換気をしたり対応をしましょう。

空気より重く下に行くので、低い姿勢は厳禁です。

硫化水素の利用法

有毒で怖いイメージの硫化水素ですが、私たちの生活に利用されていることもたくさんあります。

有害作用だけではなく健康に良い働きをするということも近年明らかになりつつあるようです。

工業的にも、色々な物の原料として広く使われています。

大島紬

世界三大織物の一つともいわれる奄美大島の特産物の大島紬も硫化水素が役にたっています。

写真協力:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

大島紬とは、鹿児島県南方にある奄美群島の伝統工芸品としてつくられる織物。手で紡いだ絹糸を泥染めしたものを手織りした平織の絹布、若しくはその絹布で縫製した和服を指す。

引用:ウィキペディア

大島紬はまず車輪梅(シャリンバイ)という植物から煮出した煎汁液で生糸を染めていきます。

この煎汁液にはタンニンが含まれています。

それを泥土に漬けます。

この泥土には蘇鉄(そてつ)をはじめ有機物が含まれていて、それが嫌気性分解すると硫化水素が生成します。そして泥土に含まれる酸化鉄と反応し硫化鉄が生成します。

この泥土をかき回し酸素を含まぜると硫化鉄が酸化されて硫酸第一鉄(FeSO4)が生成し、この2価の鉄イオンがタンニンと反応して黒色の鉄タンニン化合物となり絹糸を染めていきます。

[泥染め]
写真協力:公益社団法人 鹿児島県観光連盟

いぶし銀

硫化水素とは少し違いますが、硫黄の作用という点でご紹介します。

シルバーアクセサリーをみると銀色の部分と黒い部分があると思います。

あの黒い部分は銀と硫黄が反応した硫化銀です。

黒い模様をつけるため、硫黄成分を含んだ液体などを塗布して色を付けたりします。

銀製品は何もしなくても空気中の硫黄成分と反応し、だんだんくすんできます。

銀製品を付けたまま温泉に入ると温泉に硫黄分と反応して黒くなってしまいます。

シルバーアクセを付けたまま温泉に入ってはいけないと言われるのはこのためです。

もちろん硫化水素ガスに触れると黒く変色します。

廃棄物処理

鉛やカドミウム、水銀などの重金属を含む廃液を処理するときも硫黄成分が利用されます。

硫化物法といって、金属と硫黄を結合させて安定な金属の硫化物にして除去する方法です。

反応させるときに硫化水素が発生する可能性があるので、廃液を処理する際は注意が必要です。

普段の日常生活で硫化水素ガスに遭遇することはめったにありませんが、もし周りで硫黄温泉のような匂いを感じたら何か異常が起こっている可能性があります。

部屋にいるときは、とにかく外気を取り込んだり、上の階などに避難できるなら急いで移動するようにしましょう。

安全が確保できたと思ったら、消防や警察に連絡しましょう。

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